「精神分裂病」という言葉を聞いたことがありますか。現在は「統合失調症」と呼ばれていますが、かつての病名が与える印象は、今もなお誤解や偏見を生む一因かもしれません。この病気は決して珍しいものではなく、正しい理解と適切なサポートがあれば、日常生活を問題なく過ごし、働くことも十分に可能なのです。今回は、統合失調症という病気について、病名変更の背景から症状、治療法まで、医師として分かりやすく解説します。
1. 病名変更 「精神分裂病」から「統合失調症」へ
かつて「精神分裂病」と呼ばれていたこの病気。その名称が「人格が分裂する」といった誤ったイメージを与え、患者様やご家族を苦しめる要因となっていました。実際には、人格が複数になる解離性同一性障害とは全く異なる病気です。こうした誤解や偏見を解消し、より適切な医療と社会参加を促すため、2002年に日本精神神経学会によって「統合失調症」へと名称が変更されました。
「統合失調症」という名称には、「考えや気持ちをまとめ、調和させる(統合する)機能が、一時的にうまくいかなくなる(失調する)」という意味が込められています。脳の様々な働き(思考、感情、知覚など)のネットワークが、うまく連携できなくなる状態。この表現の方が、病気の実態をより正確に表していると言えるでしょう。
病名が変わったからといって、病気そのものが変わるわけではありません。しかし、言葉が持つ力は大きいもの。新しい名称と共に、病気への正しい理解を広げていくことが、患者様が安心して治療を受け、社会で暮らしていくために非常に重要な一歩となるのです。偏見のない眼差しが求められます。
2. 統合失調症とはどんな病気か
統合失調症は、およそ100人に1人弱がかかると言われる、決して稀ではない精神疾患。思春期から青年期(10代後半〜30代)に発症することが多いのが特徴です。原因はまだ完全には解明されていませんが、特定の原因一つで発症するものではありません。
現在の考え方では、脳の機能的な脆弱性(ストレスに対するもろさ)が元々あり、そこに様々な心理的・社会的なストレス(進学、就職、人間関係の変化など)が加わることで、発症に至るとされています。脳内の神経伝達物質(特にドーパミンなど)のバランスが崩れることが、症状の発現に深く関わっていると考えられているのです。
遺伝的な要因も関与する可能性はありますが、遺伝だけで決まるわけではありません。あくまで「なりやすさ」に関わる要素の一つ。環境要因との相互作用が重要です。決して「心の弱さ」や「育て方」が直接の原因ではありません。脳という非常に繊細で複雑な器官の機能的な問題として捉えることが、正しい理解の基本です。誤解に基づいた非難は、ご本人をさらに苦しめる結果を招きます。
3. 多様な症状と回復を目指す治療
統合失調症の症状は非常に多彩です。大きく分けて「陽性症状」「陰性症状」「認知機能障害」の3つがあります。これらが様々な形で組み合わさって現れるのです。
- 症状の種類
- 陽性症状
健康な時にはなかったものが現れる症状。代表的なものに「幻覚」と「妄想」があります。幻覚で最も多いのは、実在しない声が聞こえる「幻聴」。悪口や命令などが聞こえ、ご本人を苦しめます。妄想は、明らかに事実とは異なることを強く確信してしまう状態。「誰かに監視されている」「悪意を持って狙われている」といった被害妄想などが典型的です。
- 陰性症状
健康な時にあったものが失われる症状。意欲や気力の低下、感情の起伏が乏しくなる(感情鈍麻)、自室に引きこもりがちになる、といった形で現れます。周囲からは「怠けている」と誤解されやすいですが、病気の症状なのです。
- 認知機能障害
注意を持続させたり、情報を記憶したり、計画を立てて物事を実行したりする能力が低下します。日常生活や社会生活を送る上で、大きな支障となることもあります。
⑵治療について
治療の柱は、「薬物療法」と「心理社会的療法」の二つです。
- 薬物療法では、主に抗精神病薬を用い、特に陽性症状の改善や再発予防に効果を発揮します。
- 心理社会的療法には、精神療法(心理教育や認知行動療法など)、リハビリテーション(SST:社会生活技能訓練など)、作業療法、デイケアなどが含まれます。
これらを組み合わせ、症状の改善だけでなく、生活能力や社会機能の回復を目指すことが重要と考えます。早期発見・早期治療が、より良い回復への鍵となります。
4. 理解と支援で共に歩む社会へ
統合失調症は、かつて「不治の病」というイメージを持たれがちでした。しかし、治療法の進歩により、現在では適切な治療とサポートがあれば、多くの人が症状をコントロールし、回復(リカバリー)していくことが可能な病気になっています。「リカバリー」とは、単に症状がなくなることだけを指すのではありません。病気や障害と共にありながらも、自分らしい目標や生きがいを見つけ、充実した生活を送ることと考えます。
その回復の道のりには、医療者だけでなく、ご家族、友人、職場、地域社会など、周囲の人々の理解と温かいサポートが不可欠です。病気に対する偏見やスティグマ(烙印)は、患者様の治療意欲を削ぎ、社会参加を妨げる大きな壁となります。まずは、統合失調症が決して特別な病気ではなく、脳の機能障害であり、適切な対応で回復できることを知ってください。
そして、もし身近な人がこの病気になったとしても、特別視せず、一人の人間として尊重し、寄り添う姿勢が大切です。安心して治療を受けられ、自分らしく暮らせる社会。それこそが、統合失調症と共に生きる人々、そして私たち皆にとって、より良い社会の姿と言えるでしょう。
※公開/更新日: 2025年6月3日 13:12